Whatever

Hinako Sugiura Revisited

極楽は、ちょっと手を伸ばせば届くとこにある。地獄は、うっかりよろけるその足元にある。
いちばん身近な極楽は「湯と酒」。はだえを包む湯のぬくみ、のどを震わす酒のなさけ。幸せになるのは簡単だ。
不幸になるのも簡単だ。いちばん身近な地獄は「自己嫌悪と人間不信」。危機一髪のナマコが内蔵を吐き出したような寒々しい脱力感と、砂漠に転がる球根のような暑い絶望。
おなじ手間なら、ぜひ、極楽を。
「湯を召しませ、召しませ銭湯を」。そして、酒も少々。

                           (杉浦日向子『入浴の女王』 講談社文庫 1998年,P247)
  1. 2008/11/28(金) 21:53:24|
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宿酔 中原中也

朝、鈍い日が照つてて
  風がある。
千の天使が
  バスケットボールする。

私は目をつむる、
  かなしい酔ひだ。
もう不用になつたストーヴが
  白つぽく銹びてゐる。

朝、鈍い日が照つてて
  風がある。
千の天使が
  バスケットボールする。
  1. 2008/11/11(火) 08:17:50|
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幻影          中原中也

私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。

ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。

手真似につれては、唇も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見てゐるやう――
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。
  1. 2008/10/19(日) 19:53:47|
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Трудные

Мой дед является националистической,
Мой отец шовинист,
и я ...
  1. 2008/10/12(日) 02:36:15|
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ある提案

今こそあの至言を思い起こすべき時だ。

"The road to hell is paved with good intentions."
  1. 2008/10/12(日) 02:28:40|
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Provocation

誕生日のプレゼントはRPG
父さんが買ってくれた
「おめでとう」
「ありがとう」
「俺も若いころはずいぶん熱中したよ」
「へー」
  1. 2008/10/12(日) 01:58:41|
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角煮が食べたい

Quem o feio ama, bonito lhe parece.
  1. 2008/09/29(月) 16:25:50|
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山行水行

山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆふべもよろし

                  山頭火
  1. 2008/09/10(水) 23:51:00|
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愛する人たちへ

で、僕の次は誰を?
  1. 2008/09/08(月) 04:03:21|
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『菜根譚』後集 第百十六

風月花柳なければ、造化をなさず。情欲嗜好なければ、心体をなさず。
ただ我を以て物を転じ、物を以て我を役せざれば、則ち嗜欲も天機にあらざるなく、塵情も即ち是れ理境なり。


風や月、花や柳のような風物がなくては、自然が成り立たない。
同じく欲情や好き好みがなくては、人間の心が成り立たない。
ただ、あくまでも我が主となって外物を従として使いこなして、外物に使役されないようにさえすれば、
情欲も天の妙なるはたらきであり、欲望のあることもそれでそのまま真理の世界となる。
  1. 2008/08/19(火) 21:30:00|
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私たちはだんだん弱くなり、そして死ぬ

「自我とはなんだ
自我をもてあまして そのあげく死の遊戯を行なうなどということがかつてあったか

瓦解以前には断じてなく
十年前にさえなかった

それは昔の目から見れば病気だ

(中略)

戦後の病気だ
いや 現代という時代のもたらした必然の病気だ

これから日本も日本人も
悩むための悩みに溺れ 苦しみ そのあまり
心中ごっこだかなんだか知らないが
ともかく
破局へ向かって一目散ということになるだろう


残念ながら
それがわれわれの現に生きている
時代の実相なのだ」


           関川夏央・谷口ジロー『『坊っちゃん』の時代 第三部  かの蒼空に』  P245-246
                                                         啄木石川一の台詞
  1. 2008/08/16(土) 05:47:52|
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送り火や今に我等もあの通り     一茶

同じく一茶の晩年の句。

華の世を見すまして死ぬ仏かな

ぽつくりと死ぬが上手な仏哉


次いで修善寺の大患と、それにまつわる様々の事を書いた漱石の『思い出すことなど』の中の一句。


別るるや夢一筋の天の川


「(前略)余は一度死んだ。そうして死んだ事実を、平生からの想像通りに経験した。果して時間と空間を超越した。然しその超越した事が何の能力をも意味さなかった。余は余の個性を失った。余の意識を失った。ただ失った事だけが明白なばかりである。どうして幽霊となれよう。どうして自分より大きな意識と冥合出来よう。臆病にしてかつ迷信強き余は、ただこの不可思議を他人に待つばかりである。
  迎火を焚いて誰待つ絽の羽織」
                           夏目漱石『思い出すことなど』 (十七)
  1. 2008/08/15(金) 08:13:31|
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昭和十八年の太宰治

「(前略)しかしなぜこの戦争期、敢えて『右大臣実朝』を書いたか。

  「平家ハ、アカルイ。」
  「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。」
  「無理カモ知レマセヌガ、学問、ソレダケガ生キル道デス。」

この片仮名書きになっている実朝の言葉が、当時のぼくたちの魂にまるで予言のごとく刺った。
戦争末期の坂口安吾も書いている異様な明るさを体験していたぼくたちは「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ」という言葉に戦慄をさえおぼえたものだ。実朝の滅亡と二重、三重写しに、日本の滅亡、作者の滅亡、そしてぼくたちの滅亡への予感が秘められているように思えた。ございます調のみやびな文体の中に、作者の戦争に抱いていた終末感、わびしさ、本質的なデカダンスのにおいを感じていたのではないだろうか。(後略)」   
               奥野健男による、新潮文庫版『惜別』の解説より
  1. 2008/08/15(金) 06:08:41|
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夏なんです

ぱっぴいえんどの『風街ろまん』を聴く。
言わずと知れた、日本音楽史上に残る名盤である。

ランカ・リーの『星間飛行』の作詞が、松本隆氏だということを、つい一週間前まで知らなかった。
びっくり。
  1. 2008/08/14(木) 08:13:26|
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南オセチア紛争の全ての犠牲者たちへ  Для всех жертв войны в Южной Осетии

Покойся с миром....
Мир праху твоему...

  1. 2008/08/13(水) 04:22:48|
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Memento mori

この言葉についてだが、キリスト教以前と以後ではやはり意味合いが異なるらしい。
「どうせ死ぬんだから今を楽しもう」から「人間の死亡率は100%であることを忘れるな」へのシフトチェンジは、そう変わらないようだが、やはり違うようだ。

ウィキペディア 「メメント・モリ」の項


その意味では、親鸞の『御文章』のうちの「白骨の章」など、よく知られた文章ではあるが、ここで説かれていることはまさに核心を突いているといえるだろう。
以前、これを葬儀の席で聞く機会に恵まれ、その清冽さに、背筋が引き締まり、と同時に清涼な空気を吸ったときのような、なんともいえない爽やかさを感じたのをよく覚えている。
まさに、諸宗教家の遺した教えの中でも、卓越した、法語の零度である。



「白骨の章」

それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(すがた)をつらつら観ずるに、凡(おおよ)そはかなきものは、この世の始中終(しちゅうじゅう)、幻の如くなる一期なり。
 されば未だ万歳(まんざい)の人身(じんしん)を受けたりという事を聞かず。一生過ぎ易し。今に至りて、誰か百年の形体を保つべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人は、本の雫(もとのしずく)・末の露(すえのつゆ)よりも繁しといえり。
 されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨(はっこつ)となれる身なり。既に無常の風来りぬれば、すなわち二(ふたつ)の眼たちまちに閉じ、一の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて桃李の装を失いぬるときは、六親・眷属(ろくしん・けんぞく)集りて歎き悲しめども、更にその甲斐あるべからず。
 さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半の煙と為し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。あわれというも中々おろかなり。されば、人間のはかなき事は老少不定のさかいなれば、誰の人も、はやく後生(ごしょう)の一大事を心にかけて、阿弥陀仏(あみだぶつ)を深くたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。 あなかしこ、あなかしこ。
  1. 2008/08/07(木) 20:01:43|
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あれから63回目の8月6日のために



 「新しい天使」と題されているクレーの絵がある。それにはひとりの天使が描かれており、天使は、かれが凝視している何ものかから、いまにも遠ざかろうとしているところのように見える。かれの眼は大きく見ひらかれていて、口はひらき、翼は拡げられている。歴史の天使はこのような様子であるに違いない。かれは顔を過去に向けている。ぼくらであれば事件の連鎖を眺めるところに、かれはただカタストローフのみを見る。そのカタストローフは、やすみなく廃墟の上に廃墟を積みかさねて、それをかれの鼻っさきへつきつけてくるのだ。たぶんかれはそこに滞留して、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せあつめて組みたてたいのだろうが、しかし楽園から吹いてくる強風がかれの翼にはらまれるばかりか、その風のいきおいがはげしいので、かれはもう翼を閉じることができない。強風は天使を、かれが背中を向けている未来の方へ、不可抗的に運んでゆく。その一方ではかれの眼前の廃墟の山が、天に届くばかりになる。ぼくらが進歩と呼ぶものは、〈この〉強風なのだ。


                                ヴァルター・ベンヤミン『歴史の概念について(歴史哲学テーゼ)』より、第9テーゼ
                                    (野村修編訳『ボードレール 他五編   ベンヤミンの仕事2』岩波文庫 より)
  1. 2008/08/06(水) 05:35:29|
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巨星墜つの報に接して

把酒問月
酒を把りて月に問ふ     李白



青天有月来幾時   
我今停杯一問之
人攀明月不可得
月行卻与人相随
皎如飛鏡臨丹欠
緑煙滅尽清輝発


青天 月ありて来のかた幾時ぞ         青い夜空に月が輝くようになってから、一体、どれだけの時間が流れたのか。
我 今 杯を停めて 一たび之に問わん    私は今、杯の手を止めて、ひとたび月に問いかけよう。
人 明月を攀じんとするも 得べからず     人が明月を手に取ろうとしても、それは到底できないのに、
月行 卻って人と相い随ふ            月の歩みは、かえって、人の歩みについてくる。
皎として飛鏡の丹欠に臨むが如く        白く輝くその姿は、空飛ぶ鏡が天上の宮殿に差し掛かったかのよう。
緑煙 滅び尽して 清輝発す           青いもやが消え尽くして、清らかな光が澄み渡る。



但見宵従海上来
寧知暁向雲間没
白兎擣薬秋復春
嫦娥孤棲与誰隣


但だ見る 宵に海上より来るを            人はただ、宵の間に海上から昇る月を愛するだけ、
寧ぞ知らん 暁に雲間に向かいて没するを    夜明けの残月が雲間に沈むのには、何の興味も起こさない。
白兎 薬を擣いて秋復た春              白い兎は仙薬を搗いて、無限の春と秋を繰り返す。
嫦娥 孤り棲みて 誰とか隣せん          美しい嫦娥はたった一人棲んで、一体誰と親しむのか。


今人不見古時月
今月曾経照古人
古人今人若流水
共看明月皆如此
唯願当歌対酒時
月光長照金樽裏


今の人は見ず 古時の月            今の世の人は古き世の月を見たことはないが、
今の月は曾経て 古人を照せり         今の世の月は、かつて古き世の人を照らしたのだ。
古人 今人 流水の若く             ああ、古の人も今の人も流水のように去ってゆき、
共に明月を看ること 皆 此の如し       皆が同じ思いで、このように明月を見てきたのだ。
唯だ願う 歌に当たり酒に対するの時     ただ願う。歌を歌うべく、酒を飲むべきこの時に、
月光 長へに金樽の裏を照さんことを     月光がいつまでも、黄金の酒甕の中を照らしてくれることを。

[訓読・訳:松浦友久  『李白詩選』(岩波文庫)より ]

  1. 2008/08/03(日) 06:46:05|
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Fratello  Cottura  America

Main Entry:  2funeral
Function: noun
Etymology:  Middle English funerelles (plural), from Middle French funerailles (plural), from Medieval Latin funeralia (plural), from Late Latin, neuter plural of funeralis, adjective
Date: circa 1512
1: the observances held for a dead person usually before burial or cremation2chiefly dialect: a funeral sermon3: a funeral procession4: an end of something's existence5: a matter of concern to one : worry<if you flunk, it's your funeral>

「車列はケネディが数人の修道女および数人の児童と握手するために二度止まる以外はほとんど何事もなくその全ルートを通過した。大通りに入ったリムジンの前に一人の男性が走り寄ったが、シークレット・サービスによって地面へ押し倒され車列から遠ざけられた。12:30にケネディのリムジンはテキサス教科書倉庫の正面にゆっくり接近した。次にリムジンはゆっくりと120度方向を変え、教科書倉庫の直接前からわずか20メートル離れた位置にあった。

-- Одну, только одну еще картинку, и то из любопытства, очень уж характерная, и главное только что прочел в одном из сборников наших древностей, в Архиве, в Старине чтó ли, надо справиться, забыл даже где и прочел. Это было в самое мрачное время крепостного права, еще в начале столетия, и да здравствует освободитель народа! Был тогда в начале столетия один генерал, генерал со связями большими и богатейший помещик, но из таких (правда и тогда уже, кажется, очень немногих), которые, удаляясь на покой со службы, чуть-чуть не бывали уверены, что выслужили себе право на жизнь и смерть своих подданных. Такие тогда бывали. Ну вот живет генерал в своем поместьи в две тысячи душ, чванится, третирует мелких соседей как приживальщиков и шутов своих. Псарня с сотнями собак и чуть не сотня псарей, все в мундирах, все на конях. И вот дворовый мальчик, маленький мальчик, всего восьми лет, пустил как-то играя камнем и зашиб ногу любимой генеральской гончей. "Почему собака моя любимая охромела?" Докладывают ему, что вот дескать этот самый мальчик камнем в нее пустил и ногу ей зашиб. "А, это ты, -- оглядел его генерал, -- взять его!" Взяли его, взяли у матери, всю ночь просидел в кутузке, на утро чем свет выезжает генерал во всем параде на охоту, сел на коня, кругом его приживальщики, собаки, псари, ловчие, все на конях. Вокруг собрана дворня для назидания, а впереди всех мать виновного мальчика. Выводят мальчика из кутузки. Мрачный, холодный, туманный осенний день, знатный для охоты. Мальчика генерал велит раздеть, ребеночка раздевают всего донага, он дрожит, обезумел от страха, не смеет пикнуть... "Гони его!" командует генерал, "беги, беги!" кричат ему псари, мальчик бежит... "Ату его!" вопит генерал и бросает на него всю стаю борзых собак. Затравил в глазах матери, и псы растерзали ребенка в клочки!.. Генерала, кажется, в опеку взяли. Ну... что же его? Расстрелять? Для удовлетворения нравственного чувства расстрелять? Говори, Алешка!
-- Расстрелять! -- тихо проговорил Алеша, с бледною, перекосившеюся какою-то улыбкой подняв взор на брата.
-- Браво! -- завопил Иван в каком-то восторге, -- уж коли ты сказал, значит... Ай да схимник! Так вот какой у тебя бесенок в сердечке сидит, Алешка Карамазов!    (Ф.М. Достоевский 《БРАТЬЯ КАРАМАЗОВЫ》 КНИГА ПЯТАЯ Pro и contra  IV. Бунт)
 
 
リムジンが教科書倉庫を通過した時、およそ6〜9秒の間にケネディは狙撃された。暗殺の間リムジンの時速は9マイルから13マイルであった。ウォーレン委員会はその後、三発の銃弾の内一発は車列を外れ、一発がケネディに命中貫通しコナリーを傷つけ、最後の一発がケネディの頭部に致命傷を与えたと結論を下した。ほぼ全ての者がケネディに少なくとも二発の銃弾が命中し、頭部への銃弾で死亡したことを認める。
第一射の後群衆から様々な反応が起こった。多くの者は後に爆竹かバックファイアが鳴ったと思ったと証言している。コナリー知事が負傷後「ノー、ノー、ノー、彼らは私たちすべてを殺す!」と叫び、それによってドライバーのビル・グリアーは状況が判明した。狙撃の最中にグリアーは素早く振り向き、叫んでいる知事と大統領を確認し、再び前方を見た。彼は再び後方に振り向き(この時点でリムジンのブレーキランプが点灯している様が撮影されている)頭部に致命傷を負ったケネディを実際に目撃したただ一人の人物であった。
KENNEDY, Robert Francis, a Senator from New York; born in Boston, Suffolk County, Mass., November 20, 1925; graduated from Milton (Mass.) Academy; served in the United States Navy Reserve 1944-1946; graduated from Harvard University in 1948 and from the University of Virginia Law School in 1951; admitted to the Massachusetts bar in 1951; attorney, Criminal Division, Department of Justice 1951-1952; campaign manager for John F. Kennedy’s election to the United States Senate in 1952; assistant counsel, Senate Permanent Subcommittee on Investigations 1953; assistant counsel, Hoover Commission 1953; chief counsel to the minority, Senate Permanent Subcommittee on Investigations 1954, and chief counsel and staff director 1955; chief counsel of Senate Select Committee on Improper Activities in the Labor or Management Field 1957-1960; campaign manager for John F. Kennedy’s election to the Presidency in 1960; Attorney General of the United States from January 1961, until his resignation September 3, 1964, to be a candidate for the United States Senate; elected as a Democrat from New York to the United States Senate and served from January 3, 1965, until his death; died from the effects of an assassin’s bullet at Los Angeles, Calif., June 6, 1968, whilecampaigning for the Democratic presidential nomination; interment in Arlington National Cemetery, Arlington, Va. (From Biographical Directory of the United States Congress)
ケネディが頭部を銃撃されたとき、わずかに前進し25〜50mm倒れた。次に起こった事態は暗殺調査が継続されることになった一つの原因である。彼の頭部右側の傷が頭蓋を開き、右肩は前方にねじれ僅かに上向きになった。その後彼は後部座席のクッションに垂直にぶつかり、死んだように崩れ落ち、彼の胴体はすぐに妻のいた後方左側に移動した。ケネディが致命傷を負った後、リムジンは速度を上げディーレイ・プラザを出てパークランド・メモリアル病院へ向かった。」(日本語版wikipedia :ケネディ大統領暗殺事件の項より)

アメリカ合衆国に渡ったアイルランド人移民はアメリカ社会で大きなグループを形成し、経済界や特に政治の世界で大きな影響力を持つようになった。この頃アメリカへ移民した中にケネディ家の祖先も含まれていた。(日本語版wikipedia 「ジャガイモ飢饉」の項より)
  1. 2008/07/26(土) 00:34:25|
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美味しさ丸かじり! この夏おすすめのスイーツ(笑)、サトウキビ。

よく「グルーヴ(groove)」という言葉を耳にする。

手元の辞書[『英語語源辞典(縮刷版)』(研究社)]によると、〈(木材・金属などの表面に刻んだ)溝〉と言う意味での初出は1659年。さらにこれを〈レコードの溝〉という意味で用いた成句〈in the groove〉(好調で;ジャズが調子よく演奏されて)の初出は、当然のことながら、レコードが発明された後の1932年である。

それから70年余り経って、いま現在、音楽の文脈(特にポピュラー音楽の)では、この言葉はもはや一義的に定義できないものになった。
一般的には「グルーヴ」=「ノリ」と認識されているようであるが、それはこの語のある側面だけを捉えているに過ぎないのではないだろうか。

あるいは、使用されるコンテクストにおいては、この語がそぐわない場合もある。例えば、阿波踊りの際に演奏される囃子は、激しい縦ノリを喚起する音楽だが、寡聞にしてこの音楽に対して「すごいグルーヴ感だ」と言われているのを聞いたことが無い。(もしかしたら言っている人もいるのかもしれない。もしそうならば大変失礼しました。)

さらには、きちんとした定義がなされていない故に、「どこまでが正しい使い方で、どこからが間違った使い方なのかが誰にも分からない」こと、そしてこのことから起こる、「誰にもその本当の意味が分からないが故に濫用されがちである」ということも問題である。新譜についてのレヴューを、全部「ヤバいくらいにグルーヴィー」で済ませる音楽ライターがいたら、三日と待たずにクビになるのは容易に了解されるであろう。

してみると、最近よく取り上げられる「スイーツ(笑)」という表記は、単なる皮肉による嘲笑ではなく、ある種の祓い清め、厄落としではないかという気もしてくる。

つまり、様々な象徴的含意を抱え込んで肥大した言葉を、シニカルな笑いによって、その語のに原義まで還元させる、その作用のことである。

しかし、それはまた、「〜(笑)」についても同断である。いつまでも何かを皮肉っているわけには行かない。言葉は常に、硬直化することなく、組替えられ、更新される。

そして、言葉の意味というものに何らかの可能性がありうるとすれば、それはこのダイナミズムの中においてであろう。


追記:それまで依拠していた価値観の崩壊を示すのに、「足元が崩れる」という表現がよく使われる。しかし、そうではなく、「足元が『足元』ではなくなる」ほどのラディカルさが必要なのである。
  1. 2008/06/18(水) 22:04:13|
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雨のヴェネツィア

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  1. 2008/06/08(日) 22:49:48|
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ロンドン  ビッグ・ベン、タワーブリッジ、ウェストミンスター寺院、タクシー

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  1. 2008/06/08(日) 01:33:33|
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兎肉と野菜のパテ、海の幸の盛り合わせ、アルザス風鶏肉の煮込みパスタ添え、クレームブリュレ

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  1. 2008/06/08(日) 01:17:43|
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ミラノのドゥオーモ

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パリの夜明け パリ中央郵便局前にて

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  1. 2008/06/08(日) 01:02:34|
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パリ オルセー美術館

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  1. 2008/06/08(日) 01:00:48|
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ロンドン アビー・ロードの横断歩道とアビー・ロード・スタジオ

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  1. 2008/06/08(日) 00:54:19|
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パリのアンヴァリッドにある、ナポレオンの棺

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  1. 2008/06/08(日) 00:49:12|
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ヴェネツィアで最高級のホテルにして、姫屋のモデル  「ホテル・ダニエリ」

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  1. 2008/06/07(土) 20:44:23|
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パリ シャルル・ド・ゴール広場の凱旋門 夜

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  1. 2008/06/07(土) 20:41:59|
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